歯科医院で起きる事故について、頻度の高い下記の6個について対処法を考察しました。対処法の考え方の基本は「脳に酸素を送り込む」ことです。まずは「酸素の吸入」というところですが、喘息や肺気腫などで日常の呼吸量が少ない人は高濃度の酸素でかえって呼吸が抑制されることがあります。下記の喘息のところでの「炭酸ガスナルコーシス」です。このような患者様でも呼吸をしていないときはすぐさま酸素を強制吸入させますが、呼吸があるときはちょっと注意が必要です。
モニターにはたまたま心電計があるのでそれを使いますが、手首で計る簡易血圧計(数千円)やパルスオキシメター(これも数万円)で十分と思います。
静脈確保
静脈確保は、場数を踏んだ医師や看護婦でもなかなかできません。これから述べることは歯科医師にとって一生に一あるかどうかの非常時で、しかも患者様の血圧が下がって静脈がわかりにくくなっている状態ですので静脈の血管確保は不可能と思います。筋注または慣れている舌下への注射にしました。舌下部は血管に富みかなり静注に近い効果が得られると思います。
筋注
肩の三角筋に行います。肩峰から3横指下の一番筋肉が膨れている部位に行います。太い血管はありませんが、一応 指先の電撃痛がないことと、血液の逆流が無いことを確認します。
「デンタルショック」「疼痛性ショック」「神経性ショック」「三叉神経迷走神経反射」などいろいろ名前が付けられています。歯科医院で痛いのを我慢させて治療していると突然患者様が意識を失うことです。治療中、痛いのを我慢して歯を削られていると交感神経が興奮状態にあります。つまり脈拍や血圧が上がった状態にあります。その状態が長く続くと突然、副交感神経(迷走神経)が優位になり脈拍と血圧の低下がおこります。歯科での事故の6割以上をしめます。
予防法
予防としては、患者様に痛い思いをさせないことです。男性では(最近は女性でも)治療中痛みがあっても表情にださない方がいらっしゃいます。痛み止めの麻酔の注射をしたときも「痛かったら痛そうにしてください」必ず伝えておきます。患者さまの気分が悪くなった中断するなど、常識的なことをしていればおこりません。
対処法
治療を中断して、ほっておけば2-3分で回復します。しかし過去に死亡例もありますから、以下のことを行います。
下顎の伝達麻酔で血管内に入れてしまったときに起こります。心臓はドキドキし興奮状態になり多弁になります。痙攣をおこすこともあります。
予防法 伝達麻酔で薬液をいれるまえに、麻酔のシリンジを引いて針が血管内にあるかどうか確認します。通常行われていることですので、一般の歯科医院ではまずおこるとは思えません。
対処法
酸素は脳に供給されている状態ですので、それほど心配はいりません。ほっておけば歯科用のカートリッジ1本程度では死にません。
子供などで生まれて初めて麻酔の注射をするに起こります。一回目の注射で抗体ができて2回目の治療でおきます。つまり1回目が大丈夫でも油断できません。ケミカルメディエーターによって血管透過性が亢進して 1.血圧の低下と頻脈 2.顔が赤くなる 皮膚が赤くなる 3.気道に浮腫(特に怖いのは喉頭浮腫)ができて呼吸が困難になる。
予防法
ありません。以前少量の麻酔剤を鼻腔内に噴霧して様子をみることがなされた時期がありましたが、少量でもおきますのであまり意味がないようです。麻酔の経験が無い子供が来たときは、アドレナリンと酸素の用意など万が一の準備をして治療を行うしかありません。一番大事なのは麻酔注射の危険性を親御さんに話して了解を得ておくことです。
防腐剤などが入ってなくアナフィラキシーが起きにくいスキャンドネストを使う方法もありますが、操作時間が30分と短いので場合によります。麻酔薬キシロカインを使う時期が将来必ずくることを考えると先延ばしにすぎません。
歯科用局所麻酔剤
商品名スキャンドネスト カートリッジ3% 塩酸メピバカイン30mg/1ml
防腐剤不添加-防腐剤がショックの原因とされることがよくあります。これが不添加です。
血管収縮剤アドレナリン不添加-このため作用時間が短くなります。
対処法
あらかじめ狭心症の既往があるかたに起こります。狭心症は心臓に血を送っている血管がつまる病気です、階段を登るなど心臓に負担がかかったときにおこります。胸にキリを刺されたように痛むのでわかり易い症状です。血管が完全につまり心臓の細胞が壊死をしてしまった状態を心筋梗塞といいます。
予防法 心拍数を上げないようにつまり痛まないように恐怖感を与えないように治療します。前述のアドレナリン不添加のスキャンドネストを使うのも一法ですが、下記のようにアドレナリンの分泌は麻酔剤に含まれているよりも痛みや恐怖感によって多く分泌されますので、痛みや恐怖感を与えないことがより重要です。
対処法
呼吸は血液中の炭酸ガスが多くなってきたり、酸素が少なくなると盛んになります。たとえば運動すると、酸素を消費して炭酸ができるので呼吸が速くなります。普通は炭酸ガス濃度によって呼吸は速くなったり遅くなったりします。診療中恐怖感のため興奮して呼吸が速くなると、炭酸ガス濃度が低くなってしまいますそうすると呼吸数は少なくなってしまいます、運動と違って炭酸ガスができていないためです。この状態がつづくと血液中に炭酸ガスが少なくて酸素も消費され少ない状態になります。これで亡くなられた方はいないと思います。
予防法
患者様になるべく恐怖感を与えないように治療します。呼吸が速くなってきたら要注意です。
対処法
紙バッグを使って、炭酸ガスが多い呼気の再吸収をさせる方法もありますが、酸素があるときはこの方法がより早く安全です。
何かのアレルギィーによって気道が浮腫をおこし、閉塞する病気です。呼吸困難になり死亡することもあり怖い病気です。
過呼吸症候群でかきましたように、普通呼吸は血液中の炭酸ガス濃度によってコントロールされています。しかし慢性の肺疾患や慢性の喘息があり肺の換気量が少ない人は常に血液中の炭酸ガス濃度が高いため、呼吸は酸素の濃度によってコントロールされています、このような人に高濃度の酸素をながすと呼吸が抑制されます、これを炭酸ガスナルコーシスといいます。酸素を吸入することが良いとは限らないわけです。
予防法
まず問診で喘息がおこる原因とおこったときの状態をしっかり聞いておくことです。もし起きても多少咳が出る程度でしたらそれほど心配することはありません。もし気道の閉塞がおきて息苦しくなるようでしたら、過去にどのようなことで起きたか知り予防します。歯科の薬剤の臭いで起きた例もあり油断ができません。
対処法
すべての治療に「まず酸素」ですが、慢性の喘息のかたは上記の理由でやってはいけません。
脳血管がつまったり破裂したりする、脳血管障害のことです。歯科治療中におこることはまれですが脳卒中の既往のある方や高血圧の方は注意しましょう。意識が無くなったり片側麻痺がおきたりしますので、すぐに救急車をよびます。
問題は軽度の脳卒中の場合で、血栓ができてもしばらくして溶けてなくなり患者様が回復してしまう場合です。片側の痺れや、片方の目が見えなくなったり二重に見えたり、ろれつが回らない等軽度脳卒中を疑うときは回復しても救急車を呼んだほうが良いでしょう。歯科治療中に気分がわるくなり「ふらつき」が出る場合などがありますが、十分に観察してから帰宅させましょう。疑わしい場合は医師の診断を受けるように促します。
気管に異物が迷入することを誤嚥、食道に異物が迷入することを誤飲といいます。飲み込んでしまえば(誤飲)マア安心です。よほど大きいものですと胃の幽門か肛門でひっかかりますがまず排泄されます。老人で反射がにぶり気管に入っても咳き込まない例もありますので、飲み込んだ場合は必ず医科でレントゲンを撮ってもらって経過観察します。最近では内視鏡でとってしまう方法が多くとられているようです。
問題は気管にはいってしまう場合(誤嚥)です、口腔内に異物を落下させたとき飲み込ませる目的で起こしてはいけません、気管にはいって窒息死した例があります。裁判でも負けます。顔を横にしてバキュームやマギル鉗子を使ってとりだします。咳をしているときは気管に入っていますから、酸素吸入の準備をして異物が出てこないようでしたら救急車を呼びます。もし気管にぴったりはまり込んで呼吸ができないようでしたらすぐ救急車を呼びます、患者様は2-3分で意識をなくします。ハイムリッヒ法と酸素吸入を行いながら救急車を待ちます。
*診療台のうえでのハイムリッヒ法
にぎりこぶしを作り患者様の上腹部(みぞおち)に置きます、もう一方の手でそのこぶしをつかんで横隔膜を内側上方へ強く圧迫します。5回繰り返して酸素を吸入させます。その後 気道の閉塞なくなるまで繰り返します。
妊娠後期や極度の肥満の方は手を胸骨の下半分に置き、同じように繰り返します。
診療中に患者様の意識が無くなったら
小倉歯科での対処法をまとめてみました、参考にされてください。
小倉歯科のスタッフは全員 消防署で行う普通救命コースを受講しています。最近は駅や公共施設でAEDを設置してある場所が多くなっていますが、これを扱うことができるようになります。3時間程度の講習ですし、費用も¥3400ぐらいです。医療に従事するものとしして扱えたほうが”カッコいい?”し、もし診療所で患者様に異常が発生した場合「胸骨圧迫心臓マッサージ」をドクター一人するより従業員全員でやったほうが楽です。後述しますが「胸骨圧迫心臓マッサージ」は体力の面から男性で3分程度女性では1分程度で交代するのが良いのです。
救急蘇生は駅や公共の場所で見知らぬ人に対して行う場合と歯科医院で患者様に行う場合とでは以下点で違いがあります。
No1 胸骨圧迫心臓マッサージ
(第一発見者)は非常にまれなことだと思いますが、患者様がもしここで脈も呼吸もなければNo1はすぐ胸骨圧迫を始めなければなりません、に行います。患者様の胸部の真下に丸椅子を置き、水平にした背板が丸椅子に接するまで下げます。そして、胸骨圧迫心臓マッサージを開始します。AEDの装着を急がせます。
No2 酸素
酸素キャリアー(リザーバー付バッグバルブマスク)を持ってきます。持ってきた人はリザーバーを広げ、タンクのバブルを空け酸素流量を10L/分にして、患者様の顔にマスクをあてます。
胸骨圧迫心臓マッサージ
左右の乳頭間の中央に両手を重ねて置き、真上から垂直に、深さが4~5㎝となるようわきにしっかりと圧迫します。目線は反対側の腋を真上から見下ろすようにして、両腕はしっかりと伸ばして圧迫します。素早く圧迫し、素早く戻します。つまり、しっかりと圧迫しても、圧迫している時間自体は短くなるようにします。また、圧迫の回数は1分間に100回のぺ一スで行います。胸骨圧迫心臓マッサージは疲れによって効率が低下するため、女性であれば1分程度で交代するのがよいでしょう。胸骨圧迫を1分間に100回のぺ一スで続けて、リザーバー付バッグバルブマスクのマスク部分を顔に密着させます。バック部を押すことはなく酸素を(10L/分)ながしっぱなしにします。
No3 救急車
必要に応じて救急車を呼びます。
脈が無い→即座に呼ぶ
脈があるが呼吸が無い→即座に呼ぶ
脈も呼吸もしっかりしている→完全に意識がなければすぐに呼びます。意識がはっきりしないようならドクターの指示を待ち、様子を見ます。はっきりしない状態が長く続くようなら救急車を呼びます。
応対例「こちらは小倉歯科という歯医者です、患者様の意識がなくなりましたので至急救急車をお願いします。住所は墨田区江東橋4-16-5です。電話番号は03-3631-0944です。 AEDは備えてあります。」
No4 心電計
心電計を患者様にセットします。
パルスオキシメーターのセット センサー(赤い発光部)がきちんと爪にあたるように付けます。指はどの指でもかまいません。
血圧計のセット 上腕部、ひじから2cm上にゴム管が手のひら側にくるようにつけます。薄いカーデガン以下の厚みならそのままつけます。
心電計のクリップを電極にクリームーを塗って付けます。赤が右手、緑と黄色は左手です。
心電計の計測値のめやすは以下のようです。
血圧
(85-130mmhg正常値)150mmhg以上は要注意
上180mmhg 下110mmhgで診療停止 診療していて2-3割り高くなったり低くなったら 診療停止
パルスオキシメーター(血液中の酸素の量)
(97-100正常値)95以下は酸素吸入開始(2-3L/分) 90以下は脳貧血が始まるのでこれ以下にしてはいけません。
心拍数
(60-100正常値)60以下100以上は要注意 120以上は診療中止
診療していて2-3割り高くなったり低くなったら診療中止
RRP(rate pressure product)
心拍数(回/分)×収縮期血圧(mmHg)で算出される値です、心筋酸素消費量との間に高い相関があることから、指標として使われています。 20000以上 心臓疾患、高血圧12000-15000注意
心電図 右手と左手のみに電極をおく、簡便な方法ですのでチェックするのは以下の3つです。
① 見た目が規則的 R-R間が一定
② P波があること P-Q間は5mm(0.2秒)以下
③ Q-R-S 3mm以下
No5 AED
AEDを持ってきます。 装着するかどうかドクターの指示をまちます。
AEDの扱い
電気的除細動AEDが準備できれば、ただちに電気的除細動を試みます。除細動までの時間が患者さんの意識消失から3分以内となるように、すみやかに行います。つまり何回も練習します。
No6 一人あまりました 他の方のお手伝いをします。練習では私が患者様の役をやりました。
患者様の状態による違い
1. 脈もあり呼吸もある場合→2. 脈があるが呼吸がない場合→3. 脈も呼吸もない場合とで扱いが違います。
Ⅳ普段からの訓練が大切
一次救命処置を円滑に施行できるか否かは患者さんの予後に影響します。そのため、普段から定期的な訓練を行うことが重要です。少なくとも月に1回は実際の緊急事態を想定しておこないます。
それぞれの手順を反復して練習することが大切です(ただし、訓練のためとはいえAEDを健常者に装着してはいけません)。またデンタルチェアーの上での胸骨圧迫心臓マッサージは、実際にはスタッフが施行することになります。女性で小柄なスタッフの場合には丸椅子が高すぎると力を入れにくくなることがあります。丸椅子は低めのものを甲意して、事前に高すぎないかどうか確認しておくことが重要です。また、スタッフそれぞれの役割分担や緊急持の連絡先も確認しましょう。救急車がどこから来るのか、またどの程度の時間で到着するのかということもチェックしておきましょう。時間の予測ができることも重要です。
Ⅴ今回のまとめ
Ⅵ本の紹介
「誰でもできる 歯科医療事故の防ぎ方」 心肺蘇生法
横山武志先生著 出版ベクトルコア 。著者は高知大学医学部歯科麻酔講座の準教授をされている方で歯科医院に特定した救急処置、救急医薬品の紹介があります。デンタルチェアーの上での心肺蘇生、血管確保を前提としない救急薬剤の使用法など歯科開業医に現状を踏まえた書物です。私のこのページはこの本を読んで私のスタッフとともに歯科医医院で訓練をするために作成したものです。皆様も一読されて御自身の歯科医院にあったやりかたを見つけることをお薦めします。